2011/08/15

御盆~改めて震災を想う~

電気を使え金を使えという海の中で自分自身を企業の波に任せてただただ漂っていたという感じがしておりました 便利だからとかいう建前で私自身が溺れさせられていたんじゃあないでしょうか テレビは離れた所から電源ONできるしチャンネルも変えられる テレビまで2,3歩の距離しかないのにね 職場のコンピュータのモニターは2台あるけどそれぞれ両方同時に見ることできないのにね 便座の暖房に座ってみると時節柄汗ばんできたりしてたし 手をかざすと水が出る蛇口って水量変えられない たまに誰もいないのに勝手に水流れっぱなしになってることもありだった 隣の席の人だけなのにわざわざパソコン使ってメールで連絡してるし 個人的に少し考えてみれば今までの便利さっての中には不要なのもあったじゃあないかと思うようになりました そういう気持ちとか抵抗感 躊躇とかいう小さい心の声を汲み取ってあげるべきだったんでしょうね しかしながらこれが会社の中の開発という舞台に自分の身をおいてしまうと企業という軍隊行進みたいなのから逸脱することができませんから 自己矛盾に陥ってしましますね

かなり古い記憶ですが 日本沈没という当時一世風靡したドラマだったでしょうかありました 記憶定かじゃありませんが丹波哲郎とか出ていたような もしかしてG麺75と勘違いしてるかも 311の津波の映像を見るたびに こりゃ日本が海に沈んじゃうかもと杞憂いや杞憂どころではない現実の問題として その日本沈没がダブってしまいずぅ~っと 私の頭から離れませんでした そして折も折 先日その作家小松左京さんの残念な訃報をネットで知りました 記事を読むと当時の戦後高度成長大阪万博で浮き足だった日本人への戒めとしてストーリーだったそうです 知られているストーリーは話途中で世に出てしまい 本来のストーリーは生き残りが地球上で流浪の民と化すとかいう恐ろしい結末だったのだそうです その後の復活の日だったかと思いますが当時の私は地球破滅ものストーリが好きで図書室で色々物色してたような気がします 国語授業のテーマに作文しかも物語を書こうというのがあって色々と足りない頭で彗星が衝突するとかなんかで地球破滅をでっちあげた記憶があります 頭の中で彗星衝突後の地球破滅イメージを文章にしては作文用紙が直ぐに足りなくなったのを思い出しました いっぱい破滅ストーリがあったのに授業では時間が足りなくて未完で終結させたような気がします 当時は余りにも子供だったので自然のスケールの大きい猛威やら人間が滅んでいくちっぽけさだけが興味深かったんだと思います 実際にはdisasterで多くの人の命が失われることが一番悲しい出来事だというのに そういうことには別に気にも留めませんでした 小さい頃は身近な人の災害による死とかを知らされていなかったというのもあります なかったのかもしれないな 人の死というのは老衰か病気によるものとしか認識できていませんでした しかし今回の311では健康な人が突然にして襲い掛かってくる避けようとしても自然の脅威の前では人間の力では立ち向かうことができない=突然死が誰にでもやってくるというのを感じないではいられませんでた

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